時々このブログの記事にも登場していただきます、異常なほどの猫愛を持つ僕の妻の話です。
僕が知る限り『三度の飯よりも猫』『目に入れても猫なら平気そう』そんな彼女ですが、昨晩ですね、僕にとっては衝撃的なことを言いました。
「一時期、猫って大っ嫌いだったんだよなあ」
「え?」と僕は混乱しました。
基本的に生き物と言えばなんでも大好き。こちらのブログではご紹介しきれませんが、彼女は野良猫・保護猫だけではなく、野良亀(ホントにいたんですw)やら、翼に怪我をしたハト、なんでも家に連れてきます。
まあとにかく、生き物大好き、その中でも特に猫が好き、夫のことはそうでもない。そんな女性です。その彼女が
『猫を大っ嫌いだった時期だと??』
と僕は混乱したわけです。
妻の動物遍歴
よくよく考えたらですね、妻が「子供の頃から生き物とたくさん触れ合ってきた」くらいは聞いていたのですが、詳しいことはよく知りませんでした。この機会に少し聞いてみることにしたのですが、筋金入りだったようです。
代表的なものはこちらになります。
物心ついた頃、最初のペットはヤギ。
「一番最初はヤギがいたなあ」と妻。
この時点で腰を抜かしました。動物園とかそれに準ずるような施設では見たことがありますが、近所にもヤギを飼っていた家はありませんでした。ヤギって普通に家にいるものなのか?
「どういう経緯で? お義父さんとお義母さんはどうしてヤギを飼おうと思ったんだろう?」と質問すると「畑の草を食べてくれるってことで飼ったみたいだよ」とのことです。なるほど、実利もあるんですね。
自分で選んだ犬
そして、その後は雑種の子犬を迎えることになったようですが、今ではなかなか考えられないようないきさつでした。
- ご親戚の家で血統書つきのペットを迎えた。
- 当時は血統書つき動物は高級なペットだった。
- しかし庭の犬小屋で飼っていたら、野良犬との間の子供が出来てしまった。
- 4匹生まれた中の1匹を見せてもらったら、どうしても家に迎えたくなった。
こんな感じのようです。
当時は避妊去勢はどんな扱いだったのでしょうか? 僕もはっきりとは記憶にありませんが、少なくとも高額で手にいれたペットを庭で飼うような時代だったわけです。
しかも当時は「野良犬」という存在も多かった気がします。まさに自然の摂理で子孫は増えますね。その中の一匹が彼女の実家に迎えられました。
「誰の言うこともきかない自由な犬だったなあ」とのことですので、のびのびと飼われていたようです。
ヒヨコからニワトリ
今はさっぱり見かけなくなったのですが、昔はですね
「小学校の前に、ひよこを売りに来る行商みたいな人」
がいたりしました。確か相場としてはオス100円、メス200円だった気がします。ひよこが満載の段ボールを路上に並べて、小学生相手のささやかな商売をされている方が存在していたのです。
この光景は僕の生まれ育った街でも見たことがあります。
小学生と言えば、自分より小さくて可愛いものが大好きな時期です。今よりは心がいくらかきれいだった僕も、売られているひよこたちにくぎ付けでした。
「そうだ、お小遣いで買おう」と一回自宅に帰るのですが、母親から拒否され、あろうことか「簡単に生き物を飼うな(買うな)」と叱責まで頂戴する始末でした。
そんなご家庭が多かったように思いますので、『果たしてひよこ売りのおじさんは商売が成立してたのか?』と大人になってから疑問に思ったりしていました。
しかしですね、成立していたようです。
そうです、妻はまんまとツガイで購入しておりました。
「卵とか産むくらい大きくなったの?」と気になって訊いてみました。
「1匹は大きくなってニワトリになったんだけどね、オスだったんだよなあ、もう1匹は途中でね…」と妻が顔色を曇らせます。「そのせいで一時、猫大っ嫌いだったんだよなあ」
ほう、ここに猫を嫌いになった真相があるようです。
猫を嫌いになった事件
小学校の前で売られているひよこたち、その中でも特に気に入ったオスとメスのひよこを、まだ幼かった妻は購入します。
「お義母さんは、OKしてくれたの?」
「その辺自由だったよ、『自分でお世話しなさいよ』ってことで特に反対はされなかったなあ、結局ニワトリのお世話はお母さんばっかりやってたけど」
僕の育った家庭と違って、かなり寛容なご家庭だったようです。
ひよこを飼うのは初めてだった為、お義母さんは図書館に「ひよこの飼い方」的な本を借りに出かけました。暫定的に、庭に置いた段ボールを住処としたひよこ2匹を眺めながら、なんて可愛いんだろう、ひよこが大きくなったら本当に鶏になるのかな? なんて撫でまわしたりしていると、そこに忍び寄る影。
そうです。野良猫です。
妻の後ろからそっとやって来た猫が、電光石火の動きで(妻の言葉のままです)、2匹のうちの1匹を咥えて逃げ去ります。あまりにも洗練された特殊部隊のような動きだったので、彼女は反応すら出来ず、「あっ」と声をあげたまま身動きが取れませんでした。野良猫は猛スピードで走り去ります。ほんの数秒の間に、それは起きてしまったのです。
さすがに小学生と言えど、連れ去られたひよこが野良猫にどんな目にあわされてしまうのかは想像出来ました。
小学生だった妻は絶望します。大泣きをしながら、残る1匹をあわてて家の中に保護します。図書館から帰宅したお義母さんも、さぞや驚かれたんじゃないかと想像できますね。娘は号泣しているし、ひよこは1羽いなくなっているし。
確かに当時は腹を減らした野良猫もたくさんいた時代だったように思います。
「それ以降さ、しばらく猫って悪い動物の象徴だったんだよなあ」と妻は言います。
確かにこの話をきくとそれも仕方がないような気がします。小学生にトラウマを植え付けるには充分な事件です。
愛猫家が誕生した事件
「でもさ、そんなことがあったにしても今は猫大好きでしょ? 何かきっかけになったような事件でもあったの?」
「事件ってほどじゃないけどね、どうしてそうなったのか未だにわからないんだけど、猫が挟まってたことがあってね」と妻は言います。
「猫が挟まってた?」僕はますます混乱します。猫って挟まるものなのか?
僕も100%理解しているわけではないのですが、猫が挟まっていた事件とは『増築した建物の隙間に子猫が入り込んだような事件』のようでした。
妻の実家はかなりの広さの敷地内に、増築を繰りかえした母屋、それと昔使っていたという蔵のような建物などが存在します。その母屋の増築部分の隙間から、みゃあみゃあと声が聞こえたのが発端です。
『多分壁の裏の隙間に子猫が入りこんだんだな』ということになり、お義父さんがバールで壁を剥がしていきます。メキメキと剥がれたその向こうのスペースに、行き場をなくして、震える子猫がいたそうです。
「泥だかなんだかで、すっごく汚かったんだけどなぜか『私が守ってあげる』って思ってさ、すぐにお風呂に入れて一緒に寝たのよ」
「ひよこの件はどうなったの?」
「もう時間もたってたしね。それより、ぶるぶる震えてる子猫と一緒に寝たことある? 悪い動物だなんて感覚なんてなくなっちゃうから、ホントに」と妻は言います。
確かにそうかも知れないな、と僕は思いました。
以前書いたのですが、我が家に来た最初の晩アメショーは怯えていました。寝室のドアの前で一晩中僕たちの起床を待っていました。
黒猫は、野良出身ということもあってか、ずっと家の中でコソコソ隠れていて餌を食べる時以外は姿を見せてくれませんでした。
今となっては、図々しさナンバーワンの家族はまちがいなく猫たちのワンツーフィニッシュですが、当時はそんな振舞いに健気さを感じたのも事実です。きっと猫かぶられてただけなんですけど。
子猫のその後
「その挟まってた子猫はずっと飼ってたの?」気になります。
「それがね、母猫みたいな猫が迎えにきたのよ」と妻は言います。
これも昔ながらの話かも知れません。その子猫と生活を始めて2週間くらい経った頃、妻は視線を感じます。見るとそれは網戸の向こうにいる猫でした。
子猫も網戸越しにその猫を見つめています。2匹は網戸越しに鼻チューをしているところです。幼かった妻は気づきました。
「きっとお母さんなんだ」
網戸を開けると、母猫は子猫を咥えます。そしてそのまま彼女の家から立去っていったそうです。
「1回、子猫を咥えたままこっちを見てね、2秒くらい立ち止まってからまた歩いていったんだよね、悲しいって感じじゃなかったなあ、お母さんが迎えに来てくれてよかったねって思ったなあ、それ見たときも『猫っていいなあ』って思ったのよ、いつか自分の家に住んだら、絶対に猫飼おうってさ」
現代とは事情が異なりますが、なるほどね、と思いました。アメショーも黒猫もソファの上に居て、目を瞑ったままです。
愛猫家はいかにして誕生したのか?
一連の話を僕なりに解釈すると、
- 第1フェーズ:そもそも生き物が大好きだった幼少期
- 第2フェーズ:不幸な事件をきっかけに猫を大嫌いになった時期
- 第3フェーズ:子猫を抱きしめてみたら、やっぱり大好きになった時期
このような経緯で、愛猫家は誕生したようです。
「麦は踏まれて強くなる」とか「捲土重来」とか、そんなイメージでしょうか。ひとことで申し上げれば、「不幸なハプニングで猫のことが大嫌いになったけど、何かのきっかけで大好きに転換した」事例と言えるかも知れません。
また、猫への愛情の根源とでも申しましょうか、そのルーツを知った今、以前よりも妻のことが理解出来た気がしました。
ここで閃きました。
「ちょっと待てよ、結婚生活だって色々な危機はあったぞ。それはあてはまらないのか?」
僕たちの結婚生活もかれこれ10年近く経とうとしています。独身時代を謳歌した二人ですし、几帳面さを絵にかいたような妻からは、だらしなさの象徴のような僕という人間は我慢ならないことも多かったでしょう。
実際様々な事例で僕たちは衝突しました。小競り合いもありました。冷戦もありました。壮絶な精神的戦闘もあった気がします。
しかし、かろうじて今でも夫婦という関係性で繋がっております。
もしかしたら、夫婦関係も数多くの危機を乗り越えて強固になったりしてるんだろうか?
と皆が寝た後のリビングで考えました。
冷蔵庫のビールを缶から直接飲み、眠っている2匹の猫たちを眺めました。
多分猫たちのケースほどではないけれど、それなりに夫婦になって、父と母になって、昔よりは理解しあっている、実感はほとんどないけれど、そういうことにしよう、とひとりで結論づけました。
そんな記事です。
ランキングってのに参加してみました!