今回は動画をお休みして、猫の効能、そんな感じのことを書きたいと思います。はい、繰り返します。「猫の効能」です。
前にも書かせていただいたんですが、僕自身は「犬派」です。ひょんなことから、売れ残りのアメショーを家族に迎えるまで「ペットと言えば犬だよなあ」なんてずっと思っておりました。
猫は飼うものではない?
で、今現在の話をしますと「猫を飼っている」感覚は全くありません。
一番近い言いかたが「図々しい家族が増えたなあ」ですね、率直な印象として。
つまり上下関係とかそういうのを抜きにして、なんというか対等な「家族」みたいなイメージを彼らに持っています。
アメショーは夫婦を救う
ただですね、今現在妻とうまくやれているのも、この猫のおかげだったりします。
あの時、この売れ残りアメショーがいなかったら、もしかしたら僕は独身に戻っていたかもしれません。わんぱく盛りの息子に手を焼きながら、それでも楽しく生活なぞしていなかったかも知れません。
つまり、売れ残りアメショーのおかげで夫婦が救われたこともあったように思うのです。
子をもった夫婦のありがちな姿
僕も妻も、若いうちに結婚をしたわけではありません。つまり独身生活をそれなりに謳歌してからの結婚です。そこに息子が産まれることとなりました。
甘いといえば甘いのですが、「子を持つ」ことが、こんなにも制約だらけの生活になるなんて思ってもみなかったのです。
妻も育児にへとへとでした。そして、間の悪いことに僕の仕事もかなり多忙な時期でした。混乱するとか、疲弊するフラグだらけの状況です。双方に余裕がなく、カリカリする日が続いたように思います。
小さな小競り合いが戦いになり、紛争になり、大戦になるのもある意味必然だったかも知れません。何かを言い合って無言。会話のない状況。そんな日がつづきました。
夫婦の危機を救ったアメショーの行動
そんな緊張した冷戦の空気の中ですね、ふとトコトコと僕のところにやってきたアメショーがクンクンと僕の手の匂いを嗅ぎだしました。
「なんだ?」と思っているとですね、おもむろにガブリ! と食いついたのです。それも甘噛みなんてレベルではありません。手首ごと持っていくかの様な、それはそれは見事な齧りつきっぷりでした。
牙の形に出血しながら、僕は「おい、なにすんだ?」とアメショーにムッとします。アメショーは、ついさっきまで飼い主の手に齧りついていたのを忘れたかのように、ボケっとした顔をしています。
不思議と笑いがこみ上げてきました。出血した箇所を水道水で洗い流しながら、なんだかおもしろくなってきたのです。
妻の笑い声が聞こえてきました。彼女も同じタイミングで、齧りつかれた僕を見てなんだかおもしろくなってきたようなのです。
二人で笑いました。久々に二人で笑っていた気がしました。
振り返ってみると…
今となって思うのは…
「まだお前のほうが余裕あるんだから、奥さん大事にしないとあかんやろ」とアメショーが行動に移したんじゃないかと。
もちろん、猫が何を考えているかは、わかりません。多分何も考えていないのが正解でしょうけれど、その時はそんな風に思えました。
結果的に、猫がかすがいとなって僕たちはまだ夫婦でいられているような気がします。
猫の喉のゴロゴロという音が、人に安心感を与えるとか、猫を撫でると多幸感に包まれる効果があるとか、いろんな猫の効能についての記事を読みました。
でもですね、我が家に限ったお話をさせていただければ、猫がかすがいとなったのです。
これもひとつの猫の効能なんじゃないかと、久々に妻とワインを飲みながら考えたのでした。
寝室で寝息をたてている息子のことを考えました。
足元でごろんとなっているアメショーのことを考えました。
ソファでツメを研いでいる黒猫のことを考えました。
多分明日も頑張れる気がします。 あ、酔っぱらったww